公開日 2026年09月04日

端正な顔立ちと、幅の広い演技で日本中の観客を魅了した俳優、佐田啓二。
銀幕デビューから早世するまでの20年に満たないキャリアの中で、
日本映画の輝かしい時代を支えた数多くのフィルムに忘れがたい足跡を遺しました。
今年、生誕百年を迎えた佐田啓二の出演作を、ぜひ大きなスクリーンでご覧ください。

- 『この広い空のどこかに』
©1954 松竹株式会社
2026年 11月28日(土) 午前の部11:00〜12:51 / 午後の部14:00〜15:51【完全入替制】
三鷹市芸術文化センター 星のホール
| チケット | チケット発売日会員9月10日(木) / 一般9月11日(金)
【全席指定】会員450円 / 一般500円 / 学生400円(当日学生証拝見)*未就学児は入場できません。 |
|---|---|
| 上映作品 | 『この広い空のどこかに』 (1954年 / 111分 / 白黒 / 35mm / 松竹、国立映画アーカイブ) 監督:小林正樹 出演:佐田啓二、久我美子、高峰秀子 |
| チラシPDF | |
| 託児サービス | あり |
主催:公益財団法人三鷹市スポーツと文化財団
電話:0422-47-5122(三鷹市芸術文化センターチケットカウンター)
協力:松竹株式会社、国立映画アーカイブ
『この広い空のどこかに』
(1954年 / 111分 / 白黒 / 35mm / 松竹、国立映画アーカイブ)

©1954 松竹株式会社
監督 小林正樹
出演 佐田啓二、久我美子、高峰秀子
活気あふれる川崎の街を舞台に、当時、どこにでもいたであろう家族の姿を描いた群像劇。酒屋の森田屋の主人良一(佐田)のもとに嫁いだひろ子(久我)は、義妹(高峰)や義母(浦辺)の間で窮屈ながらも健気に働く。戦争の影が残る時代、貧しさや小さな衝突の中でもがきながらも、希望をもって生きる人々の姿が清々しく爽やかな余韻として残る名作です。
昔の映画を初めて見る方へ
戦争が終わって9年たったころの、川崎の街を舞台に、そこで酒屋を営んでいた家族の物語です。酒屋の主人である良一と結婚したひろ子。その酒屋兼住居で良一の家族とともに暮らすひろ子は、良一の母親や妹とうまくいかないことを気にしています。その人々をよく見てみると、皆、戦争によって人生を変えられてしまっているんです。例えば良一の妹は、戦災で足が不自由になって、いろいろ嫌になってしまっています。でも、その妹も含めて、みな、人生をなんとか精一杯生きているということが段々分かってきます。いろいろな人々に幸せが訪れるようにと、ひろ子が考えたとっておきの魔法をぜひスクリーンでご覧ください。
佐田啓二 Keiji Sada

『君の名は・第一部』 ©1953 松竹株式会社
1926(大正15)年12月9日京都の生まれ。学生の頃に両親を相次いで亡くし、兄と姉が親代わりになって支えた。戦時中に早稲田大学に入学するため上京。親戚であった俳優・佐野周二の家に下宿する。大学2年時に愛知の豊川海軍工廠に勤労動員され、終戦を迎える。1946年、佐野の紹介で松竹大船撮影所に入社。佐野周二から2字を譲り受け「佐田啓二」と名付けられる。翌年、木下惠介監督の『不死鳥』に田中絹代の相手役として抜擢され、一躍スターに。1948年、菊田一夫原作の NHKドラマの映画化作品『鐘の鳴る丘』に主演し更に注目を集める。1953年、同じく菊田一夫作の NHKドラマの映画化作品『君の名は』が大ヒットし、共演した岸恵子とともに国民的スターとなる。1956年に出演した小林正樹監督の『あなた買います』で、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞の主演男優賞を獲得。翌年、結婚し二人の子どもにも恵まれる。小津安二郎監督や木下惠介監督だけでなく、名立たる監督の作品に出演し役の幅を広げていくも、1964年8月17日別荘から撮影へ向かう途中で事故に遭い亡くなる。享年37歳であった。

